第29回日本アカデミー賞優秀作品一覧に戻る
開催日: 2006(平成18)年3月3日(金)
場所: 新高輪プリンスホテル 国際館パミール
司会: 関口宏/鈴木京香
優秀作品賞
最優秀賞/優秀賞
(C)2005「ALWAYS 三丁目の夕日」製作委員会

最優秀作品賞 「ALWAYS 三丁目の夕日」


西岸良平の人気漫画「三丁目の夕日」を映画化。昭和33年、今ほど便利でも、裕福でもなかったけれど、来るべき21世紀を夢見ながら、人々はひたすら前に突き進んでいた。夢と希望の象徴である東京タワーの建設を背景に、東京下町に暮らす個性豊かな面々が織り成す、愛と感動の物語。最新VFX技術で当時の東京を見事に甦らせている。(「ALWAYS 三丁目の夕日」製作委員会)

優秀作品賞 「北の零年」


260年に渡る江戸時代が終焉し、日本が大きく変わった明治維新。直後の明治3年(1870年)に起きた庚午事変の処分として、淡路の稲田家は明治政府より北海道移住を命じられる。深い原生林が広がっていた明治初期の北海道を舞台に、ここに自分達の国を作るという希望に燃え、厳しい自然と闘いながら生きていく人々の壮大な愛とロマンを描いた感動大作。(「北の零年」製作委員会)

優秀作品賞 「蝉しぐれ」


同名人気小説の作者である故藤沢周平氏から、唯一映像化を許された黒土監督が15年の歳月をかけて映画化。表現不可能と言われた空気感、透明感を見事に映像化し、主人公である下級武士・牧文四郎が真っ直ぐに生きていく姿を通して、平凡に生きることの偉大さ、人としてのあるべき姿を、美しい日本の四季折々の風景を織り交ぜて忠実に表現している。(映画「蝉しぐれ」製作委員会)

優秀作品賞 「パッチギ !」


1968年、当時発売中止となった曲「イムジン河」の逸話を背景に、日本の男子高校生と朝鮮高校に通う女の子との純愛と、二人を取り巻く周囲の葛藤を現代社会にもつながる問題として提示した、娯楽性と社会性が融合した青春群像劇。舞台は京都だが同じようなことは少なからず全国各地にあり、そして今でも根強く残っている問題を真摯に描いている。(「パッチギ!」製作委員会)

優秀作品賞 「亡国のイージス」


日本推理作家協会賞・日本冒険小説協会大賞・大藪春彦賞の3賞を制覇し、110万部を超えるベストセラーとなった福井晴敏の同名小説の映画化。日本の専守防衛の象徴ともいえる護衛艦<イージス>を占拠し、日本に宣戦布告する某国の特殊工作員。防衛庁・海上自衛隊・航空自衛隊の全面協力により“本物”でしかあり得ない空前のリアリティを実現。(AEGIS ASSOCIATES)
優秀監督賞
(C)日本アカデミー賞協会
最優秀賞山崎貴(ALWAYS 三丁目の夕日)


賞に選出して頂いてありがとうございます。何よりも頑張ってくれたスタッフやキャストと喜びを分かち合えるのが嬉しいです。みんなで「親孝行映画作ろうぜ」と頑張った結果がこのような評価をされて僕らは幸せ者だと思います。この幸福な時間の思い出を大切に、本当の意味でお客さんに喜んでもらえる映画は何かということを自分に問い続けていきたいと思います。~「ALWAYS 三丁目の夕日」で初受賞(1964年長野県)
優秀賞井筒和幸(パッチギ !)


ありがとうございます。いままで映画を何十本と作ってきて、日本アカデミー賞に選ばれたことなど一度もなかったものですから、自分でも信じられなくてビックリしています。無冠の帝王も続けるわけにはいかなくなりました。またこれからも、せぇだい励みますので、また選んでください。まことに幸甚なり、です。~今回の監督作品「パッチギ!」で、日本アカデミー賞初受賞となる。(1952年奈良県)
優秀賞黒土三男(蝉しぐれ)


映画の監督として「蝉しぐれ」は10作目になります。今、あらためて映画を作ることの難しさを感じています。作る側の思いを、伝えることの難しさに、打ちのめされるからです。偉大な先輩監督たちは、映画は偉大な文化だと言われました。その通りだと痛感します。だからこそ追いかけても追いかけても追いつきません。~今回の監督作品「蝉しぐれ」で、日本アカデミー賞初受賞となる。(1947年熊本県)
優秀賞阪本順治(亡国のイージス)


優秀賞に選んで頂き有り難うございます。嬉しくもあり恥ずかしくもあり、です。「亡国のイージス」は監督業の難しさを改めて思い知った作品でした。終わったら暫くおとなしくしていたいと思うほどスリリングな現場でした。たびたび道に迷う私に、助言をくださったプロデューサー、スタッフ、キャスト、関係各位の皆様に感謝します。私は皆の中の一人です。~今回01年の「顔」に続く受賞となる。(1958年大阪府)
優秀賞行定勲(北の零年)


思えば、この映画のテーマはあきらめない心だったと思います。昨年は国内外でたくさんの災害がありました。大地を零から開拓した侍たちの姿を通して被災された方々にエールを送りたいような心境で映画を作りました。たくさんの人々の力によって完成された本作を経て、改めて映画は総合力だと痛感しています。この大作に関わるチャンスを与えてくれた岡田裕介プロデューサー、そして吉永小百合さんに感謝致します。(1968年熊本県)
優秀脚本賞
(C)日本アカデミー賞協会
最優秀賞山崎貴/古沢良太(ALWAYS 三丁目の夕日)


「ALWAYS 三丁目の夕日」を優秀脚本賞に選出して頂いてありがとうございます。苦しかったこともたしかあったはずなんですが、楽しかったことしか憶えていません(笑)。原作の力と古沢君の才能に感謝します。(山崎談)。予想や期待をはるかに上回るご褒美。嬉しいというより申し訳ない気持ち。この作品を愛して育んでくださった観客の方々こそ賞にふさわしいと思う(古沢談) 。(1964年長野県)(1973年神奈川県)
優秀賞黒土三男(蝉しぐれ)


何より幸運だったのは、藤沢周平さんという偉大な作家の原作があったことです。その世界がいとおしくてたまりませんでした。脚本は、その世界と精神を壊さないように、そして水が流れるように、ナチュラルに書くことを心がけました。本当に幸運でした。~今回、「蝉しぐれ」によって、優秀監督賞とのダブル受賞となった。監督が長い間映画化を希望していた作品だけに本懐であろうと思われる。(1947年熊本県)
優秀賞那須真知子(北の零年)


「北の零年」では、今を生きる私達が忘れていた古き良き日本人の心を描きたかった。私達は決して個で生きているのではなく、先人達の様々な苦労、情熱の積み重ね、その歴史の繋がりの中で生かされているのだということが伝われば幸いと思います。地味な内容の作品ですが、このような賞をいただけたこと、又、映像化の為に多くの人々にご苦労ご協力をして頂いたことに心より感謝申し上げます。(1952年福島県)
優秀賞長谷川康夫/飯田健三郎(亡国のイージス)


日本人として、人として、誠実に生きるとはどういうことか?原作の問いかけに正直戸惑いました。登場人物たちの弱さや苦悩する様はそのまま我々の惑いであり、自問は今も続いています。この原作と全てのキャスト、スタッフ、そしてご協力を頂いた数多くの方々に心から感謝するとともに、「亡国のイージス」チームの一員としてこのような形で評価していただけることを光栄に思います(飯田談) 。 (1953年北海道)(1964年鹿児島県)
優秀賞羽原大介/井筒和幸(パッチギ !)


支えてくれた家族、全てのスタッフ・キャスト、そして十五年前に門前に押しかけた私を門下の末席に加えて下さったつかこうへい先生に心から感謝します。(羽原談)ありがたいことです。何本もシナリオを共作で書いてきましたが、またビックリしてます。まさか今回「パッチギ!」がダブルで選出されるとは思っていませんでした。シナリオライターの羽原君にこそ栄光あれ、ですが。(井筒談)。(1964年東京都)(1952年奈良)
優秀主演男優賞
(C)日本アカデミー賞協会
最優秀賞吉岡秀隆(ALWAYS 三丁目の夕日)


優秀助演男優賞4回、話題賞1回受賞しているが、今回「ALWAYS 三丁目の夕日」で、初の優秀主演男優賞を受賞。駄菓子屋の店主、茶川竜之介は東大卒で芥川賞の最終選考に残った事もある小説家だが、三流少年誌に児童小説を連載し細々と食い繋いでいる。ひょんな事から全く知らない少年との生活が始まる。手を繋いで帰ってくるラストシーンは、まるで本当の親子のように感じさせた。(埼玉県出身)
優秀賞市川染五郎(蝉しぐれ)


歌舞伎役者。79年、歌舞伎座で初舞台。81年、七代目市川染五郎を襲名。歌舞伎界の次代を担う第一人者にして、その芸域は歌舞伎にとどまらず、舞台、ドラマなど多岐にわたり出演し、好評を博す。「蝉しぐれ」で東北の下級武士、牧文四郎役で初の優秀主演男優賞を受賞。黒土監督が惚れたと言う「佇まいの美しさ」と、その存在感と透明感で観客を魅了した。(東京都出身)
優秀賞真田広之(亡国のイージス)


82年に新人俳優賞受賞以来、今回「亡国のイージス」で5度目の優秀主演男優賞受賞。「たそがれ清兵衛」(03年)では最優秀主演男優賞に輝いている。イージス護衛艦<いそかぜ>の先任伍長・仙石は、緊迫した非常事態のなかでも人情味豊かな指揮官。奪われたイージス艦を取り戻すべく孤独な戦いを繰り広げる。その繊細で重厚な演技は世界各国から絶大な支持を得ている。(東京都出身)
優秀賞妻夫木聡(春の雪)


02年、新人俳優賞とダブル受賞した「ウォーターボーイズ」に続き、今回の「春の雪」で2度目の優秀主演男優賞受賞。周囲の人々のみならず最愛の女性をも翻弄し、やがては自分自身に翻弄される稚拙な松枝清顕を、単なる未熟な男としてだけではなく、ピュアな人間として独自に成長し、やがては病魔に侵されていくという課程を、役に入り込んだ迫真の演技で表現している。(福岡県出身)
優秀賞ユースケ・サンタマリア(交渉人・真下正義)


94年、ロックバンド『BINGO BONGO』のボーカルとしてデビュー後、ドラマ、CM、バラエティ、CDと、マルチな才能で大活躍中。TV、映画で人気の「踊る大捜査線」シリーズのスピンオフ「交渉人・真下正義」で映画主演初にして優秀主演男優賞受賞。地下鉄をパニックに陥れる姿なき犯人との交渉を繰り広げる、警視庁第1号の交渉人をかっこよく演じている。(大分県出身)
優秀主演女優賞
(C)日本アカデミー賞協会
最優秀賞吉永小百合(北の零年)


59年「朝を呼ぶ口笛」で映画デビュー。青春映画や文芸作品の代表作に多数出演。111本目の出演となる「北の零年」で12度目の優秀主演女優賞を受賞。小松原志乃は極寒の大地で、自ら数々の困難を乗り越え、夢を信じて“生きる”ことの大切さを教えてくれる。85年、89年、01年には最優秀主演女優賞に輝く。昭和、平成と名実ともに日本を代表する映画女優。 (東京都出身)
優秀賞木村佳乃(蝉しぐれ)


97年、「失楽園」で新人俳優賞を受賞。「蝉しぐれ」では自然体の美しい演技で観るものを惹きつけた。時は江戸時代。東北の下級武士の娘ふくは、隣家に住む文四郎を幼少の頃より慕うが、想いを告げられぬまま江戸へ行くことになる。その後、波乱に満ちた人生を送る。運命に翻弄されるも、常に前向きに生きる芯のしっかりした女性像を演じ、人々の共感を呼んだ。(東京都出身)
優秀賞小雪(ALWAYS 三丁目の夕日)


プロのモデルを経て、98年にドラマ「恋はあせらず」でデビュー。以降、数々のドラマで絶大な支持を得、03年の「ラストサムライ」ではトム・クルーズとの共演も話題となる。「ALWAYS 三丁目の夕日」の舞台となる夕日町で、一杯飲み屋を開き、人情味溢れる人々に囲まれて幸せに暮すが、それも束の間、人には言えない事情があり、黙って夕日町を去っていく、そんなほろ苦い役柄を見事に演じている。 (神奈川県出身)
優秀賞竹内結子(春の雪)


「黄泉<よみ>がえり」(04年)、「いま、会いにゆきます」(05年)に続き、今回「春の雪」で3年連続の優秀主演女優賞受賞。欧米文化輝く大正初期、公家の家系にあたる綾倉家の令嬢・聡子は幼なじみの清顕をいつの頃からか愛するようになるが、それは禁じられた恋となる。どんなことが起きても揺らぐことのない、一途な愛を貫き通す健気な日本人女性を抜群な表情で演じている。(埼玉県出身)
優秀賞中島美嘉(NANA)


01年デビュー以来、次々とミリオン・ヒットを飛ばし、今やトップシンガーの仲間入りをし、02年から4回連続NHK紅白歌合戦に出場している国民的歌手。彼女が演じる「NANA」の大崎ナナは、パンクバンド「ブラスト」のボーカリスト。クールでツッパッテいるようだが実は弱い面もある。繊細な演技で新たな才能を開花させた。新人俳優賞とダブルで受賞。(鹿児島県出身)
優秀助演男優賞
(C)日本アカデミー賞協会
最優秀賞堤真一(ALWAYS 三丁目の夕日)


JAC(ジャパンアクションクラブ)を経て、俳優の道へ。映画、ドラマ、舞台とあらゆるジャンルで表現活動を続けている。「ALWAYS 三丁目の夕日」では、心より家族を愛し、苦労して立ち上げた鈴木オートの社長、鈴木則文役。従業員は一人だが、夢と希望をもって一所懸命前向に突き進む。一寸そそっかしいが憎めない、そんな昭和の頑固親父を熱く演じている。 (兵庫県出身)
優秀賞香川照之(北の零年)


昨年の「赤い月」に続き、「北の零年」の持田倉蔵役で2度目の優秀助演男優賞を受賞。北の地に実る稲を探すために旅立った夫の帰りを待つ志乃を犯そうとしたり、餓えに苦しむ人々に詐欺紛いの手段で恩を着せ、次第に実力者にのし上がり、欲するものはどんな手段を使ってでも手に入れる。単なる悪ではなく、人間的な弱さもあるキャラクターを上手く演じている。 (東京都出身)
優秀賞寺島進(交渉人・真下正義)


86年、「ア・ホーマンス」で映画デビュー。北野武監督作品の常連俳優としても活躍。今回「交渉人・真下正義」で優秀助演男優賞受賞。ずば抜けた行動力とフットワークの軽さ、およそ警察とは思えぬ風貌で、動物並みの本能的なカンの鋭さを武器に犯人を追う。ガラと口は悪いが部下を思いやる優しい一面もある。強烈なキャラクターの木島丈一郎警視役を体当たりで演じている。 (東京都出身)
優秀賞豊川悦司(北の零年)


93年新人俳優賞。97年、03年、優秀主演男優賞受賞。96年に話題賞とダブルで受賞した「Love Letter」に続き、今回「北の零年」で2度目の優秀助演男優賞受賞。アイヌの古老、モノクテと行動をともにするアシリカは、母娘二人で暮らす志乃と多恵を陰から支え、二人に危険が及ぶとどこからともなく現れて助けてくれる。口数も少なく、謎に満ちた男を好演。 (大阪府出身)
優秀賞中井貴一(亡国のイージス)


82年新人俳優賞、96年、00年優秀主演男優賞、04年「壬生義士伝」で最優秀主演男優賞を受賞。今回「亡国のイージス」で2度目の優秀助演男優賞を受賞。対日工作員ヨンファは最新鋭の防衛システムを搭載するイージス艦を占拠し、日本に宣戦布告する。時代劇から現代劇、シリアスな役からコミカルな役までさりげなく演じる力量は、日本映画界屈指の存在である。 (東京都出身)
優秀助演女優賞
(C)日本アカデミー賞協会
最優秀賞薬師丸ひろ子(ALWAYS 三丁目の夕日)


78年、「野生の証明」で女優デビュー。「Wの悲劇」(86年)で優秀主演女優賞を受賞。話題賞も4回受賞している。「ALWAYS 三丁目の夕日」では、小さな自動車修理工場を営む鈴木則文の妻トモエ役。働きもので、夫のいたらない面を陰となり支えている。息子に対しての優しさ、集団就職で東北からやってきた従業員の六子に対しての母のような愛、その心くばりはまさに日本の母。 (東京都出身)
優秀賞石田ゆり子(北の零年)


88年TVドラマ「海の群星」で女優デビュー。同年の「悲しい色やねん」で映画デビュー以来、映画、舞台、TVドラマ等で活躍し続ける。「北の零年」の馬宮加代役で優秀助演女優賞を受賞。家族を心から愛し、手を尽くして病気の息子を看病していたが、甲斐なく失ってしまう。次に宿した子の為、そして自分自身生きる為に男に身を投げ出す。そんな、はかなくそして力強い存在感のある演技を熱演。 (東京都出身)
優秀賞石原さとみ(北の零年)


04年「わたしのグランパ」で新人俳優賞受賞。「北の零年」の小松原多恵は明治初期、北海道へ移住した英明と志乃の一人娘。温かい人々に囲まれ、素直で天真爛漫な少女に育つ。北の地に実る稲を探すために旅立った父の帰りを母とともに待ちわびるが、大自然の猛威は容赦なく人々に襲い掛かる。母、志乃を心身両面から支えつつ数々の困難を乗り越え懸命に生きる娘を好演。(東京都出身)
優秀賞大楠道代(春の雪)


81年「ツィゴイネルワイゼン」で最優秀助演女優賞。「顔」(01年)「座頭市」(04年)に続き、「春の雪」で公家の家系にあたる綾倉家に仕える侍女、蓼科役で4度目の優秀助演女優賞受賞。綾倉家の令嬢・聡子と、同じ貴族の松枝家の一人息子で幼なじみの清顕が繰り広げる、もどかしくも危険な純愛劇。そんな幼い二人を支え奔走するが、願い及ばず自害を図る、その演技は迫力満点。 (中国出身)
優秀賞寺島しのぶ(東京タワー)


04年「赤目四十八瀧心中未遂」で最優秀主演女優賞受賞以来、演技によりいっそうの磨きを加えている。「東京タワー」では年下の青年と恋におちる人妻・貴美子役を熱演。本筋とシンクロして織り成す愛憎劇で徐々に大胆になっていく愛情表現や迫力あるダンスシーンなど、随所で強烈なインパクトを残し、作品のクオリティーを上げる重要な役目を果たしている。 (京都府出身)
優秀音楽賞
(C)日本アカデミー賞協会
最優秀賞佐藤直紀(ALWAYS 三丁目の夕日)


ありがとうございます。まさかこの僕が日本アカデミー賞優秀音楽賞を頂けるとは夢にも思っていませんでした。「ALWAYS 三丁目の夕日」という素晴らしい作品に参加させて頂いた事を大変光栄に思っております。また、安藤親広プロデューサー、山崎貴監督をはじめ、この作品に関係したスタッフ、キャストの皆様に心より感謝致します。~今回が初めての日本アカデミー賞受賞である。(1970年千葉県)
優秀賞岩代太郎(蝉しぐれ)


受賞に際し、「蝉しぐれ」の為の作曲に没頭し、そのレコーディングを終えたおよそ1年半前の記憶が、まるで先月のことかと錯覚してしまうほど鮮明に蘇りました。やはり映画音楽を手掛ける作曲家にとって、名作との出逢いに勝る喜びはございません。ましてや数十年来の藤沢周平ファンとしては、スタッフとして参加できた日々はまさに至福の時でした。ボクは本当に幸せ者です。(1965年東京都)
優秀賞岩代太郎(春の雪)


この数年、「春の雪」の映画化又は映画化される際の出演を切望される数多くの方々にお逢いし、羨望の眼差しを向けられつつ、この作品に参加させて戴きました。音楽の中核を成すボーイ・ソプラノの録音をロンドンで終え帰国すると、封切り後には更なる憧憬の的になったようにさえ感じました。この作品に関われた喜びと自負を将来の糧にしたいと思えるボクは本当に幸せ者です。(1965年東京都)
優秀賞大島ミチル(北の零年)


素敵なスタッフと役者の方々が一丸となって作り上げたこの作品で受賞する事が出来て心から感謝しています。ありがとうございました。~98年、「失楽園」で初受賞。以来、01年の「長崎ぶらぶら節」、03年の「模倣犯」、04年の「阿修羅のごとく」と、度々の受賞に輝く。今回の「北の零年」では、壮大なスケールの映像にふさわしい音を表現し、作品に寄与している。(1961年長崎県)
優秀賞トレヴァー・ジョーンズ(亡国のイージス)


「亡国のイージス」での日本アカデミー賞優秀音楽賞受賞を心より嬉しく思います。沢山の優秀な方々とこのような特別なプロジェクトに参加出来た事は非常に素晴らしい経験でした。このプロジェクトに携わったすべての方々にお礼を言いたいと思います。又、他の部門で受賞された方々にもおめでとうと伝えたいと思います。日本での授賞式に出席できる事にもワクワクした気持ちでいます。(1949年南アフリカ共和国)
優秀撮影賞
(C)日本アカデミー賞協会
最優秀賞柴崎幸三(ALWAYS 三丁目の夕日)


まずは、この映画を後押しして下さった観客の皆様に感謝感謝。「ALWAYS 三丁目の夕日」は、昭和ドキュメントではなく、昭和ファンタジー。映像のトーンで時代色を出す事をきびしく追求するよりも、この作品が持つ暖かさがうまく伝わるよう心がけました。通りをまるごとスタジオに入れてしまうという、今どき滅多に体験できないチャレンジだった。~99年に続き、今回が2度目の受賞。(1958年栃木県)
優秀賞笠松則通(亡国のイージス)


今回の「亡国のイージス」では、イージス艦という閉鎖された窓の全く無い空間での撮影が多く、キャメラマンなりの苦労もありましたが、密室劇としての面白さが出せればと腐心したつもりです。今までに経験の無い状況下での撮影もあり、緊張の連続でした。でも沢山の方に観て貰え、その上このような賞まで戴けて幸せです。~今回の作品によって、日本アカデミー賞初受賞となった。(1957年愛知県)
優秀賞北信康(北の零年)


監督をはじめとし、スタッフ、キャスト一同で全力を尽し「北の零年」を創り上げた結果、本日この様な名誉ある賞を頂けた事を大変嬉しく思います。素晴らしい作品にめぐり会い参加できたこと、映画を作る際沢山の方々に助けて頂いた事を感謝します。~04年、森田芳光監督作品「阿修羅のごとく」で初受賞。今回は2年振り、2度目の受賞となった。今後さらなる活躍が期待される。(1960年香川県)
優秀賞釘宮慎治(蝉しぐれ)


「蝉しぐれ」に関わった全てのスタッフとキャストの皆様の努力と才能の結実として、この度このような名誉ある賞を頂けたのだと思います。この作品に巡り合えた幸運に、そして何の実績も無い私を全面的に信頼して任せて下さった黒土監督に、感謝してもし尽せません。この受賞を励みとして、その名に恥じぬよう、今後も努力していきたいと思います。有難うございました。(1965年埼玉県)
優秀賞李屏賓(春の雪)


受賞の知らせにホッと一息つきました。最高の評価です。「春の雪」の全てのスタッフに感謝します。特に行定勲監督には感謝します。私をオファーするにおいて、様々な圧力と困難があったと思います。しかし監督の意志の堅持と信用により、私は機会を得、撮影にも力を尽くすことが出来ました。監督、ありがとうございました。そして、日本の映画ファンの支持と、映画祭関係者の評価に感謝します。(1954年台湾)
優秀照明賞
最優秀賞水野研一(ALWAYS 三丁目の夕日)


11月に公開されてから多くの方々に、この映画を御覧いただいているときいています。製作にかかわったものとしては、それだけでも喜ぶべきことですが、このような賞も頂けて大変光栄です。今は、最優秀賞のことよりも、日本アカデミー賞に応援してもらい、より多くの方々が「ALWAYS 三丁目の夕日」を知り、そして観る機会が生まれればと思っています。~今回で4度目の受賞を果たした。(1951年東京)
優秀賞石田健司(亡国のイージス)


「人は石垣」と戦国時代のある武将は言ったそうです。人間を壁にして身を護るのではなく、人各々の働きによって巨大な城壁にもまさる強靱な盾を得る事ができるという事ではないでしょうか。「亡国のイージス」は、その言葉通り全てのスタッフが各々の部署で献身的に尽した作品です。私はその石垣の一部になれた事を嬉しく思います。現場スタッフ、関係者の皆様に感謝致します。(1963年広島県)
優秀賞中村裕樹(北の零年)


極寒の北海道ロケから真夏まで、幾多の苦難をスタッフ・キャスト一丸となって乗り切った「北の零年」での受賞、大変嬉しく思います。自然の雄大さ、厳しさ、人間の弱さ、強さを光で表現する事を心掛けました、撮影での困難が、はるか昔実際の開拓を行った人々の苦難にシンクロする部分があった撮影現場でした。この撮影中に逝去された故、篠田昇キャメラマンに力を授かりました。(1958年熊本県)
優秀賞吉角荘介(蝉しぐれ)


この度、関係各位の方々と多数の観客の皆様のおかげでこの賞を頂けた事を感謝申し上げます。年を跨いでの約一年近くの撮影で四季折々の風景が描かれた点が良かったと思っておりますが、「蝉しぐれ」は初めての時代劇で自分自身戸惑う事が多く、実のところ度々暗中模索しておりました。今一度、時代劇の作品に挑戦出来る様、技術を研鑽致したく思っております。~今回3度目の受賞 (1956年三重県)
優秀賞中村裕樹(春の雪)


「春の雪」は、三島文学の映像化に挑戦した作品です。撮影の李屏賓氏と共に「華麗なるリアリズム」を目指し奮闘しました。新たなライティング技法、色彩技法を会得する事が出来た貴重な現場でした。常に新たな難所に挑戦する行定監督の下、各パートのスタッフ、キャストが持てる力を充分に注ぎ込んだ仕事になったと思います。関係各位の皆様に感謝し、受賞を大変光栄に思います。(1958年熊本県)
優秀美術賞
(C)日本アカデミー賞協会
最優秀賞上條安里(ALWAYS 三丁目の夕日)


「ALWAYS 三丁目の夕日」では、監督を含め当時を知らない年齢のスタッフで、自分達の親が生きた時代を愛情込めて作りました。時代考証もかなり苦労しましたが、最終的にはノスタルジックな絵作りを優先しています。この評価を頂けたのは、VFX、美術、装飾はもちろん、全てのスタッフが同じ目標にぶれずに向かえたことが大きかったのではないかと思います。ありがとうございました。(1962年東京都)
優秀賞櫻木晶(蝉しぐれ)


「蝉しぐれ」では、庄内平野の豊かな自然、ゆったりとした広がりを大切に、下級武士の慎ましい生活感が生み出せるよう、素朴さを前面に質感や明暗を心掛け、「でしゃばらず、存在感のある美術」を目指して造り込みました。評価されて光栄です。~91年の「夢」、そして97年の「八つ墓村」で2度の受賞に輝くベテランである。今回3度目の栄誉であるが、今後ますますの活躍が期待される。(1937年和歌山県)
優秀賞原田満生(亡国のイージス)


この度は優秀美術賞有り難うございます。今回の「亡国のイージス」は美術の枠を超えた規模の大きな仕事でしたが、美術スタッフはじめ、多くの人々の協力でリアリティある世界観を表現することができ、とても感謝しております。また、撮影終了時には、今までにない達成感があり、支えていただいた、監督、プロデューサー、各スタッフ、キャストの皆さんに深く感謝しております。(1965年福岡県)
優秀賞部谷京子(北の零年)


北海道の皆様、スタッフの皆と共に知恵を出し合い手をかけて作り上げた作品です。厳しい雪の中での作業、短い夏の中での作業、短い夏を惜しむかのように成長する植物の生命力に、ときに茫然とさせられる事もありました。美しさに潜む自然の脅威。そこに立ち向かう人の力。開拓の物語は我々自身の物語りでもあります。今回の受賞は「開拓者」に与えられたご褒美として嬉しく感じています。(1956年広島県)
優秀賞山口修(春の雪)


三島由紀夫のあまりにも有名な原作の映画化であるこの「春の雪」で日本アカデミー賞優秀美術賞に選ばれたこと、大変うれしく思います。ありがとうございました。~03年、市川準監督作品「竜馬と妻とその夫と愛人」で日本アカデミー賞優秀美術賞を初受賞。そして昨年は、行定勲監督作品「世界の中心で、愛をさけぶ」で受賞している。今回の「春の雪」では、3回目の栄誉に輝いた。(1946年長野県)
優秀録音賞
(C)日本アカデミー賞協会
最優秀賞鶴巻仁(ALWAYS 三丁目の夕日)


受賞にあたり、監督、キャスト、スタッフを始め、この作品に関わったすべての皆様にこの場をお借りして御礼を述べたいと思います。本当にありがとうございました。撮影の時から暖かい空気が流れていた現場の雰囲気が、そのままスクリーンの中に投影され、素敵な作品が出来上がったのではないかと実感しています。「ALWAYS 三丁目の夕日」に巡り会い、受賞したことを心から喜びたいと思います。(1959年新潟県)
優秀賞伊藤裕規(北の零年)


「北の零年」では、北海道の雄大さと、その開拓をめざした人々の息遣いを感じられるようなMixを心掛けました。また撮影時においては、スタッフ・キャストの同時録音に対する意識の高さと、ロケ地でのボランティアスタッフの方々の強力なサポートにより、理想的な音が得られたことを痛感いたしました。本当にありがとうございました。~昨年の「世界の中心で、愛をさけぶ」に続く受賞となる。(1964年愛知県)
優秀賞伊藤裕規(春の雪)


「春の雪」の製作に参加させていただいて、私自身、本来の日本語の美しさを再認識し、その日本語の美しい響きを観客の方々と共有できるような音作りを今回の作品では目指してみました。絵巻物の様な映像美に引けを取らない“音響美”を追求した結果を、このように高く評価していただきうれしく思います。ありがとうございました。~昨年の受賞に続き、今年は2作品での受賞となる。(1964年愛知県)
優秀賞橋本文雄(亡国のイージス)


今回の受賞は大変嬉しい事です。此の作品「亡国のイージス」は、日本の録音スタッフとハリウッドのサウンドスタッフが、アメリカ(ロス)で協力仕合って出来上がった作品で、それが評価された事は非常に良かったと思います。両国のスタッフを代表して戴いたもので、選んで下さった方々に心より御礼申し上げます。~04年の「阿修羅のごとく」に続く受賞で、今回が11度目の栄誉となった。(1928年京都府)
優秀賞橋本泰夫(蝉しぐれ)


久し振りの受賞で大変嬉しく思っています。今回の作品「蝉しぐれ」では、ひっそりと暮らす人間模様と愛情、そして厳しい大自然を十分意識しながら音作りしました。撮影現場と仕上げで苦労を共にした助手さん達と東宝スタジオの皆さんには、心から感謝したいと思います。それから、山形ロケにおける地元ボランティア活動の皆さん、暖かいご支援ありがとうございました。~93年以来、5度目の受賞。(1944年宮崎県)
優秀編集賞
(C)日本アカデミー賞協会
最優秀賞宮島竜治(ALWAYS 三丁目の夕日)


今回の「ALWAYS 三丁目の夕日」では、山崎監督始め現場スタッフの方々が素晴らしい“画”を。役者の方々が素晴らしい“お芝居”を。CGチームの方々が素晴らしい“昭和”を。提供してくださったお陰でこのような賞を頂けたと大変感謝しています。僕はといえばこの作品で“繋ぐ”ということより“掬う(すくう)”ということを学びました。本当にありがとうございました。(1967年神奈川県)
優秀賞今井剛(北の零年)


スペクタクル映画が好きで映画界で仕事がしたいと思い、その想いがこんなにも早くこの「北の零年」で実現できるとは思いませんでした。壮大な北海道の自然を、冬の厳しさを、貧弱ながら暖かな編集室で堪能しました。映画史にも残るほどの膨大なフィルムの量も印象的なこの作品は、今後映画編集をしていく上でも一生忘れられない映画になりました。~昨年に続き、今回で3度目の受賞となった。(1969年静岡県)
優秀賞今井剛(春の雪)


三島文学として確立されている「春の雪」を映像化するのは、各スタッフ大変なプレッシャーだったと思います。それなのに、想像を超える美しい映像となって編集室にフィルムが届いた時、果たして自分に編集できるのだろうかと自問した事を覚えています。編集賞まで頂けるのは、すばらしいスタッフ、役者たちに支えられての受賞なのだとつくづく思いました。ありがとうございます。(1969年静岡県)
優秀賞ウィリアム・アンダーソン(亡国のイージス)


この度は、「亡国のイージス」で日本アカデミー賞優秀編集賞を頂き大変光栄に思っております。スタッフの皆さんとはハリウッドで大変楽しくお仕事させて頂き、この映画の成功をとても嬉しく思います。授賞式に参加させて頂くため、またあの美しい東京の街を訪れる事を楽しみにしております。そして、私のこれまでのキャリアの中で、最も親切で優しい方々との再会を心待ちにしています。(1948年アイルランド)
優秀賞奥田浩史(蝉しぐれ)


「蝉しぐれ」で苦楽を共にしたスタッフとの再会の場が、この日本アカデミー賞授賞式というのは本当にうれしいことです。このような賞がいただけるのも監督以下スタッフの皆様のおかげです。物凄い物量の実景カットや丁寧かつ繊細な芝居部分をどんどん切っていき、次々と構成を変えていける黒土監督のセンスにはおどろかされました。これからも日々、勉強と研究にはげんでいきたいと思います。(1971年神奈川県)
優秀外国作品賞
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最優秀賞ミリオンダラー・ベイビー


不遇な人生の中で、誇れるのはボクシングの才能だけ。その思いを胸にロサンゼルスにやって来た31歳のマギーは、名トレーナーのフランキーに弟子入りを志願するが断られる。それでも練習を続けるマギーの真剣さに打たれ、トレーナーを引き受けるのだが、やがてふたりの間に同じ孤独と喪失感を背負って生きる者同士の絆が芽生えていくが…。一番大切なものは何かを問いかけるヒューマン・ストーリー。(ムービーアイ=松竹)
優秀賞オペラ座の怪人


1919年のパリ。廃墟と化したオペラ座で、かつて栄華を極めた品々がオークションにかけられた。謎の惨劇に関わったシャンデリアが紹介された瞬間、時代は1870年代へと舞い戻る。不朽の名作を、絢爛豪華に映画化したラヴ・ストーリー。舞台版を手掛けた天才作曲家アンドリュー・ロイド=ウェバー自身による製作で、男女3人の、哀しき愛の物語を壮大なスケールで描き出す。(ギャガ=ヒューマックス)
優秀賞シンデレラマン


アメリカが希望を失った時代に、どん底の貧困から、愛する家族を守るために、命を懸けて新進のボクサーとのまったく勝ち目の無い一夜限りのリングにあがった実在のボクサー「ジム・ブラドッグ」の奇跡の半生を映画化したヒューマンストーリー。「ビューティフル・マインド」のロン・ハワード監督とラッセル・クロウが再びタッグを組み、世界中をかつてない熱い涙で包み込む。(ブエナ ビスタ)
優秀賞スター・ウォーズ エピソード3 シスの復讐


ジョージ・ルーカス監督が贈る、SF映画の金字塔として、映画史に燦然と輝く“スター・ウォーズ”を締めくくるシリーズ最終作。アナキン・スカイウォーカーが悩みや葛藤からフォースの暗黒面に転落し、ついには、ダース・ベイダーとして生まれ変わる過程と共和国の終焉への運命が描かれるとともに、これまで持ち越されてきた多くの謎が、すべて解き明かされていく。(FOX)
優秀賞チャーリーとチョコレート工場


失業中の父、母、寝たきりの祖父母に囲まれ、貧しいけど幸せに暮らしている少年チャーリー。彼の家のそばには15年間誰一人出入りしたことが無いにもかからわず、世界一のチョコレートをつくり続ける不思議な工場があった。その工場を見学出来る幸運のチケットを奇跡的に手に入れた彼と、一癖も二癖もある子供たちが体験する驚きの世界をブラックなユーモア満載で描き出す。(ワーナー)
新人俳優賞
優秀賞勝地涼(亡国のイージス)


その名の通り、涼やかなマスクと演技で注目を集めている。2000年、テレビ番組「千晶、もう一度笑って」でデビュー後、「永遠の仔」「さとうきび畑の唄」などのドラマで活躍。今回「亡国のイージス」では、難しい役どころながら作品のキーマンとなるクールで冷静沈着な男、如月行役をアクションも含めて好演。これからも様々な一面を見せてくれることを期待したい。
優秀賞神木隆之介(妖怪大戦争)


2歳の頃から活動を始め、現在12歳にして10年の芸歴を持つ。その演技は天才との呼び名が高く、今最も注目される子役と言われている。「妖怪大戦争」では並みいるベテラン俳優陣に全く引けを取らず、都会育ちの平凡な少年が妖怪と共に悪霊に立ち向かい、次第に成長していくという難しい役柄を堂々と演じている。どのように成長していくか、期待は高まる。
優秀賞塩谷瞬(パッチギ !)


「パッチギ!」では敵対する朝鮮高校の番長の妹に一目惚れ、打ちひしがれたりもするが、それでも相手を理解することで世界は良くなっていくと信じている一見気弱そうだけど、実は情熱家でポジティブなキャラクターの高校生を熱演。初々しく純粋な風貌からにじみ出る雰囲気が「康介」役にピッタリと井筒監督に大抜擢される。今後の活躍に大いに注目したい。
優秀賞沢尻エリカ(パッチギ !)


ファッション誌で活躍後、テレビドラマで活躍。「パッチギ!」で朝鮮高校に通う在日の女の子「キョンジャ」役に抜擢。「この映画に出た事によって、勇気を持って生きる意味が初めて理解できた気がします。私と同じ10代の若者にぜひ観てほしい」と語る彼女。井筒監督をして「これからかなり面白い女優になる」と言わしめた今後が楽しみな逸材。
優秀賞中島美嘉(NANA)


2001年、レコード会社にデモテープを送ったことでドラマのヒロインに大抜擢され、主題歌も歌うという幸運なデビューを果たす。その後は歌手としてのキャリアを積み、テレビドラマでも活躍する。「NANA」では、クールでカリスマ性のあるパンクボーカリスト、ナナを演じ、豊かな内面を感じさせると共に、新境地を開いている。
優秀賞堀北真希(ALWAYS 三丁目の夕日)


彼女が映画「cosmic rescue」でデビューしたのはまだ3年前のことである。その後、「ヒノキオ」でのマドンナ役や「渋谷怪談2」の主役など、立続けに話題作に出演し評価を受ける。今回の「ALWAYS 三丁目の夕日」では、東北から集団就職で出て来た少女を演じているが、純粋で誠実なキャラクターを東北弁も瑞々しく、見事にスクリーン上に表出させた。
協会栄誉賞
優秀賞森光子(俳優)


会長特別賞
優秀賞石井輝男(監督)


1924年、東京都生まれ。47年、新東宝の設立に参加し、成瀬巳喜男監督などの助監督をしながら脚本を学ぶ。57年の「リングの王者・栄光の世界」で監督デビューを果たしたのちは、軽快なアクションやユーモアを武器に数々の話題作や娯楽作を手掛け、東映に移籍してからは「昭和侠客伝」や「網走番外地」などで仁侠映画のブームを巻き起こした。独自の美学に基づく画面構成、そこから醸し出される映像美は色褪せることなく、今日もファンを生み出し続けている。
優秀賞岡本喜八(監督)


1924年、鳥取県生まれ。43年に助監督として東宝へ入社するも軍の徴用を受ける。現場に復帰してからはマキノ雅裕監督などにつき、58年の青春コメディ「結婚のすべて」で監督となった。翌年自らの脚本で製作した「独立愚連隊」では、活劇をダイナミックに描きながら愚かな戦争への風刺も織り込み、それまでの戦争映画とは一線を画すると高い評価を受ける。67年には大作「日本のいちばん長い日」を手掛け、その後も重いテーマを軽快なタッチで描き続けた。
優秀賞髙村倉太郎(撮影)


1921年、東京都生まれ。39年に松竹大船の撮影部に入社。49年撮影監督に昇進し、「恋愛三羽烏」(中村登監督)を担当。54年に日活の専属となり、川島雄三監督とコンビを組んで「幕末太陽伝」などの名作を世に送った。他にも興隆期の日活を支えた多くの作品を手掛けており、9名の監督の昇進第一回作品を担当した。75年からは日活芸術学院映像技術科の専任講師として多くの人材を育て上げ(05年、学院長に就任)、93年には勲四等瑞宝章を受章している。
優秀賞野村芳太郎(監督)


1919年、東京都生まれ。松竹の監督であった野村芳亭を父に持ち撮影所の中で育つ。41年、松竹大船の助監督部に入るもすぐに応召されインパール作戦に従軍。奇跡的に生還したのち、52年の「鳩」で監督となる。その後はサスペンスからコメディまで、多彩なジャンルの作品を精力的に世に送り出し、74年の「砂の器」でその名声を不動にした。多くの傑作を生み出した監督であるが、常に庶民の眼で物事を見据えており、その視点は生涯変わることはなかった。
優秀賞松村達雄(俳優)


1914年、神奈川県生まれ。戦地から復員後、52年から「五十人劇場」を主宰し小劇場活動の先駆者となるも5年後に解散。やがて生放送時代のテレビドラマに多く出演し、自然な演技で人気を博する。その後は映画や舞台に於いても際立った存在感を示し、年を重ねるごとに名バイプレーヤーとしての味も増していった。その集大成とも言える作品が、作家の内田百間を演じて日本アカデミー賞優秀主演男優賞に輝いた「まあだだよ」(93年、黒澤明監督の遺作)である。
協会特別賞
優秀賞株式会社円谷プロダクション<ウルトラマン製作プロダクション>


1948年、円谷特殊技術研究所(設立者円谷英二)として発足し、その後は映画の特撮のみならず、ウルトラマン、ウルトラセブンという、今日まで続くウルトラヒーローを世に送り出した。長い間子供達に夢を与え続けた功績は大きく、ウルトラシリーズはすでに世代間を超越して楽しめるものになっている。これからも人々は、新たなヒーローの誕生の度に、ウルトラシリーズへの期待と楽しみを深めて行くであろう。
優秀賞株式会社東映テレビ・プロダクション <仮面ライダー製作プロダクション>


1971年からテレビ放映された「仮面ライダー」(石ノ森章太郎原作)は、昆虫をモチーフにした斬新なマスクとダイナミックなアクション、さらには多彩な怪人達のキャラクターによって独特の世界を生み出し、子供達の圧倒的な支持を受けて「等身大変身ヒーロー」という新たなジャンルを確立した。これまでに16のテレビシリーズと16本の劇場用作品が製作されている。06年、仮面ライダーシリーズは35周年を迎えた。
優秀賞西尾曻(光学録音)


1948年に西尾サウンドを設立、78年に東宝録音センターに移籍し、翌年の東宝映画「連合艦隊」で日本初のドルビーステレオ録音を行う。その後91年には「ゴジラVSメカゴジラ」(東宝)で、これも日本初となるドルビーデジタル録音を成功させた。95年、ドルビーデジタル光学録音システムCA-10を自ら購入し、国内での録音を可能にすると共に、米国のドルビー研究所より日本のドルビーデジタル光学録音のコンサルタントを依頼された。82歳の今も現役で活躍中。
優秀賞李鳳宇(プロデューサー)


1960年、京都府生まれ。トクマ・ジャパンの委託プロデューサーを務めた後、89年にシネカノンを設立。「アマチュア」(K・キエシロフスキ監督)から配給業務を開始し、現在までの配給作は150本以上に上る。92年には初のプロデュース作品「月はどっちに出ている」を大ヒットさせ多くの賞に輝いた。その後も話題作を多く手掛け、94年からは劇場経営にも着手、06年1月には韓国でも日本映画専門のスクリーンを含むCQNミョンドンをオープンさせている。
話題賞

作品部門:「NANA」


俳優部門:沢尻エリカ(「パッチギ!」)