レビュー一覧
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榎本泰之さん(20歳/大学)「君に届け」 10月26日 新宿ピカデリーにて |
身分の違いもない、病気もない、交通事故もない。そんなラブストーリーは日本では逆に珍しい。この映画にあるのは、純粋さ。ピュアな心やピュアな想い、それによって生まれてくる友情や愛情。それだけで成り立っていると言っても過言ではない。ただただひたむきで純粋な主人公の爽子がすべてを巻き込んで、裏切りや騙し、憎しみや怒りが取り巻くこの現代社会を変えていく。 そんな中で、私の本作における最大の関心事は、上映時間128分の間、なぜ飽きることもなく観客を引き付けるのか、ということだ 。 先の見える展開にゆるゆるのラブストーリー。いくつかの関係が同時に進行していくが、どれもわかりやすく、とても観客を考えさせるようなものでもない。しかし、この平和でほのぼのとした日常においてさえ、水面下で様々な想いが交差したり、お互いに好意を持ちながらすれ違いを繰り返す。ちょっと勇気を出して行動を起こすと、もう一方はそれに気付かずに届かない自分の想いに悩んでいる。その二人の関係はまるでサスペンスの心理戦のよう。二人きりになったときのドキドキも、サスペンスの緊張感に似ている。そう、これはラブストーリーの顔をしたサスペンスなのだ。しかも、観客をほどよい緊張感で包み込み、そのほどよさが快感につながっている。 そして一方で、この純粋なストーリーがファンタジーに思えてしまうほど非現実的なのは、現実がそれほど荒んでいるということなのかもしれない。でも同時にそういう面があるからこそ、実際はこの映画のように単純ではなく予想外のことが起きておもしろいのだと思う。しかし、これが少女漫画として大ヒットしたのは、複雑な現実に嫌気がさした現代人がこの平和で純粋な世界観に逃げ込んだためであり、日々のすっきりとしない人間関係に病める人も多いようだ。この「君に届け」のように、現実に疲れた人々が心を休めるような映画がもう少しあってもいいような気がする。 映画を観た時、客層が若い女性と少し年配の男性に二極化しているのに驚いた。しかも、目を腫らしているのは専ら後者だった。誰の心にも純粋な気持ちはある。忙しい日々の中でそれを忘れかけている大人の心にこそ、響くような気がする。 |
杉山さん(女性/専門学校講師) 「武士の家計簿」 12月7日 シネ・リーブル池袋にて |
今まで観たことのない新しい時代劇を初めて観た、と思った。理由は①チャンバラシーンは全くなく、家でも登城していても主人公・猪山直之はいつもそろばんを弾いている(代々加賀藩の御算用者、今でいう経理係として仕えた下級武士)。②その主人公が37年間に渡り記した実在の家計簿から生まれた物語だ、ということだ。 そんな『そろばんバカ』を堺雅人さんが好演している。家計が火の車である事が判明した折、直之は英断し、家族に家計の建て直し計画を宣言する。①これから細かく家計簿をつける。②一人につき着物三枚と、少しの食器以外の家財一式を売り払う。③節約生活を送る、という内容。不器用で生真面目だが、世間体を重んじる武家社会にあって自分の信念に基づき行動した強さに惹き込まれた。NHK大河ドラマ『新撰組!』での山南敬助役以来、注目し続けている堺さん。彼が演じると、どんな役も真実味が溢れると思う。ありえない設定な結婚詐欺師の「クヒオ大佐」(2010)、TVドラマ『ジョーカー』では裏の顔を持つ昼行灯な刑事、舞台「蛮幽鬼」での笑顔の奥に潜む極悪人など、作品ごとに新しい魅力を発見してしまう。今後の活躍も期待しています。 映画全体を満たしているのは夫婦愛だ。直之の妻、お駒を仲間由紀恵さんも好演。夫の出勤時、『行っておいであそばせ』とお弁当を手渡しつつの見送りや息子4歳の袴着のお祝い前に現金が不足していることが判明した際、『体面か、私の妻でいてくれるのか』と迫る直之に祝い膳の鯛の塩焼きを出さず絵鯛を描いて協力。また、節約中であっても出産間近の妻へ『なめると力が出る故』と砂糖を手渡すなどのシーンで、ほんわりと暖かい気持ちになった。さらに妻が『貧乏も工夫だと思えば楽しめる』とやりくりするのだが、一匹買いした鱈を白子の酢醤油、昆布じめ、焼き物など色々な料理法で工夫する様は、今の自分の生活に大いに参考になり、また考えさせられた。最後に、節約生活中の粗食であっても家族でお膳を囲むシーンが印象に残った。やはり家族団らんに食卓は必須。一緒に『いただきます』『ごちそうさま』を言える生活を送りたい。家族と一緒にもう一度映画館へ足を運ぼうと思う素敵な作品でした 。 |
男性・29歳/会社員 「ノーウェアボーイ」 11月24日 新宿ピカデリーにて |
2010年という年は日本では裁判員裁判が始まり、凶悪犯の心の歪みに一般人が判断を下すという道を選んだ年だった。一方、1980年という年は私にとって特別な年だ。それは第一に、私がこの世に生を受けた年であるからだ。その年の12月8日、ジョン・ウィンストン・レノンは、ニューヨークの自宅アパート前で、マーク・チャップマンの凶弾により40歳で命を落とした。 ジョン・レノンの没後からちょうど30年、30歳の私は実に感慨深い思いで本作を観た。ジョンはその30歳でシングル曲「マザー」を発表した。ジョンの人生、それはまさに彼の“2人の母親”にもたらされたものだった。実母のジュリア・レノン、そして厳格な伯母ミミ・スミスと対峙するその刹那、そこに我々の知るジョン・レノンの原点があるように感じた。ジョンの生きた30年と私の生きた30年。時代も国も違うが、彼の母を想う気持ちの篤さを垣間見たとき、その30年は自分とどこか重なるようで胸が熱くなった。 また、盟友ポール・マッカートニーとの“出会い”のシーンも実に興味深い。ジョンが“動”ならポールは“静”。この2人の関係は、ジョンが実の母親を亡くした後、本物に変わる。ジョンを演じたアーロン・ジョンソンは、美少年と騒がれた子役時代からすっかり青年となり、その演技にも迫力が増した。43歳のサム・テイラー・ウッド監督との間には今年7月、双子の女児ももうけ、公私ともに幸せをつかんだアーロンの演じるジョン・レノンはとても魅力的で、そしてチャーミングだ。 ジョン・レノンがその歌に込めたメッセージ。それを2010年の我々日本人がどう受け止めるのか。家族の間でさえ殺人が起こってしまう今、“愛”を貫いた彼らのメッセージは、ただただまぶしい。作品の最後で流れる「マザー」。“ママ行かないで……、パパ帰ってきて……”そう叫びながらも、別れるしかなかった過酷な運命。たった一人になった彼は、両親から受けた、受けるはずだった愛を思い、歌に込めた。先日12月8日、ジョン・レノンの没後からちょうど30年を迎え、ニューヨークのストロベリー・フィールズでキャンドルサービスをするファンの姿がテレビに映し出された。その様子を見て、彼の遺志が今もなお、行き続けていることの尊さと彼の偉大さを改めて知った。 |