レビュー一覧
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石津修之さん(男性/57歳/会社員) 「真夏の方程式」 6月30日 幸手シネプレックスにて |
原作を読んでいた。本作が映画化されるにあたって、何を期待したかというと、真夏の海岸線にある町の風景である。まぶしい陽光、青い空、紺碧の海、そして美しい海底。地方のさびれた旅館。海の見える坂道。きらきら光る波止場などなど。原作の良さとしてまぶしい夏の感じがよく出ていたことが印象に残っていた。そして映画では、その夏の鼓動や人々のにじむ汗、海岸の風景について一層こだわり、原作の魅力以上の成果を出していた。つまり、この作品の魅力の核心を見事につき、物語を語る同じエネルギーで夏の風景を描くことに苦心していることが、成功した一因である。 2つの殺人事件の点と線がつながっていくシリアスな展開と自然破壊から守る住民運動を背景にやや陰鬱な感じに拮抗させるためのまぶしい夏の太陽。悲劇的物語展開に対抗するように自然の美しさ、海底を泳ぐ魚が描かれる。そして、少年が遭遇する大きな事件。これに、湯川准教授が巻き込まれる。登場人物が皆、謎を持っている。その謎が事件の進展とともに少しずつ少しずつ解き明かされていく。その謎のほどける過程において、同時に人生の苦労、知られたくない秘密が浮かび上がる構図であり、物語に奥行を持たせている。息苦しくなるような真実に向かう展開の中で、挟み込まれる湯川教授と少年の楽しい実験。湯川先生の特別授業が少年ならずとも、わくわくさせる。ロケット発射実験で夏の海と空が微笑むかのような描写はこの作品の最大の見せ場だ。理科が嫌いだった少年がひょっとすると将来科学者へと変異するのではないかと思わせる一夏の学習。この美しい海底を遠く離れて見つめることができる実験のアイデアは科学の現代ならではのオチであり、素敵だ。この実験後、少年はペットボトルでできたロケットをリュクサックに背負って、大事なものとして身から離さない。そうだ、少年にとって材料はチープで何の変哲のないものでも、自分が作ったりして、遊んだり、学んだりしたものはみんな自分の大事な宝物なんだ。それにしても、あれほど子供嫌いな湯川先生が、子供と一緒に学び子供と一緒に遊ぶ。子供のことを思い、最後に人生の先輩として助言する。最後の励ましの言葉は少年にどれほどの勇気を与えたか、胸に迫る。また、ラスト近く、警察での取調室でのマジックミラー越しでの親子の交流シーンも泣かせる。前作「容疑者xの献身」(08)と並ぶ傑作の誕生だ。 |
かつをさん(女性/40代) 「クロユリ団地」 5月18日 新宿ピカデリーにて |
海外でも活躍目覚しいJホラーの中田秀夫監督作品。成宮寛貴さん、そして愛してやまない前田敦子さんが主演の「クロユリ団地」を観ました。実は日本のホラー映画初鑑賞。正直「何でお金払って怖い思いをしなくちゃならないの?」という思考でしたが「クロユリ団地」は水道管から髪の毛も出て来ませんし、後ろからふいにチェーン持って襲われることもありません。ホラーが苦手な私も3回観られた。どちらかというと、ふっとした時に後ろを確かめたくなる作品でした。 話は、介護士を目指す明日香(前田)がクロユリ団地に引っ越して来るところから始まります。幼い頃に家族を巻き込むある事故から明日香は喪失感と罪悪感を抱えて成長しますが、愛を求めた償いのように献身する仕事に就こうと勉強しています。明日香は引越し早々隣の部屋から聞こえる不思議な現象に悩まされ、また団地で一人遊びをしているミノル少年に出会う。学校で老々介護の問題を取り上げたその日に隣の部屋の篠崎が絶命している姿を発見してしまう。その後次々に明日香の周りに奇妙な現象が起きていく。篠崎の部屋の遺品整理をしていた笹原(成宮)と出会い、明日香は身に起こった奇妙な現象を相談することになるものの、笹原自身も深い事情を抱えていた…。少し憂いのある明日香が今まで封じ込めていたその感情は、引越しと篠崎の死を機に、パンドラの箱を開けてしまうかのように溢れるのです。 私の周りの映画の感想では明日香の孤独を共感した人が多かったのですが、それは彼女が作り出す異次元世界の時間が印象的だったからかも。私はどちらかというと、感情や事実から逃れたいと思う心の弱さを明日香から感じ、それは生霊となったミノル自身のようにも見えました。同時に、逃れられないと悟り、ミノルから自分を助けてくれていた笹原の身に危険が及びそうになった際に、ミノルを受け入れようとする明日香に『選択する慈愛』を感じました。弱さから脱却しようとしているのにそれもままならず、心を砕かれ明日香はまた取り残されてしまうのです。 笹原を演じる成宮さんは、安心感のある演技が素敵です。後半の力強さが印象的。そして前田さんは憂いのある表情、心情のわかる目線、尋常じゃないクライマックス観て、これからの作品がとても楽しみです。心のひだを感じて欲しい。ホラーを敬遠されている方こそ、観て欲しい作品です。 |
村上真章さん(男性/29歳) 「さよなら渓谷」 7月8日 有楽町スバル座にて |
人を動かすものとは一体、何でしょうか?医学的なことを一切知らないボクには、その答えが神経伝達物質と呼ばれているものなのか筋肉の成長を促進させるプロテインという粉末状の物体なのか、はたまたクラブで流れると思わず踊り出しそうになるサイケデリックな音楽なのか、皆目見当もつかないのが現状です。こんなことなら少しでも医学の道を志してみればよかった。なんて、人間は後悔を繰り返す生き物だということは、ボクにもなんとなくわかっています。 それはさておき。この度、鑑賞しました「さよなら渓谷」。この作品を観ている間、ボクは絶えず汗ばんでいました。あ、違いますよ。館内が暑かったわけではありません。(ご安心ください、スバル座の皆さま)原因はスクリーンに映し出された世界から、嫌になるくらいのじめついた湿度と放っておけば交感神経が効かなくなりそうな温度を感じたからに他ありません。日本独特の蒸し暑い夏が、複雑に絡み合う人々の心のヌメりが、そして真木よう子さんの湿った体温が、あの映像からは確かに伝わってくるのでした。そんな肌もベタつくようなこの映画には、人を動かすもの、少なくとも人の心を形成する要因のひとつが描かれているのだと思います。罪です。 人を動かす心はいくつも重ねてきた罪によって、削られながら形作られる。本作の主人公はまさに、それを表現しているのではないでしょうか。罰を受ければ罪は赦されるのか、それとも赦されざる罪を犯したことこそが罰なのか。ボクの罪はリンゴを食べたことか、真木よう子さんの官能的な演技見たさに劇場へ足を運んだことか、定かではありません。 しかし、真夏のエアコンで心も体もドライアイな方はいかなる罰を受けてでもこの作品をご覧になることを推奨します。「さよなら渓谷」はラストカットまで、乾いた心を湿らせる映画なのですから。 |