レビュー一覧
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久保さん(男性/52歳/会社役員) 「風立ちぬ」 7月9日 試写会にて |
スタジオジブリ最新作「風立ちぬ」。宮崎駿が手がけた初めてのファンタジーではない作品は如何なるものか?大きな期待を胸に試写会場に足を運んだ。 冒頭、ジブリらしいデザインの飛行機に乗って空を飛ぶシーンから始まる。『ん? やっぱりファンタジーか?』今までにもジブリ作品には必ずと言っていいほど空を飛ぶシーンが印象的に使われてきたが、今回は零戦の開発者、堀越二郎の半生を描く作品だけに空想シーンも含めて空飛ぶシーン全開だ。また、関東大震災のシーンが克明に描かれるが、二郎たちが避難してくる上野の山、上野広小路を行き交う人の波、その描き込まれた、人、人、人の物量に圧倒された。路面電車や自動車など、CGではない手描きのアニメで再現された昭和初期の街並みはまさに永久保存版だ。 物語は後半から、堀辰雄の小説『風立ちぬ』の世界と融合して行く。1937年に出版された小説で、結核におかされた妻と夫が《死》に向き合いながらサナトリウムで暮らして行く生活を描いた作品である。私はこの小説は《死》と《死にゆく病身の妻と我が身の運命》に陶酔しているようであまり好きではないが、宮崎駿はこの「堀辰雄」に同時代を生きた「堀越二郎」を重ねることで、作品に大きな変化をもたらした。《死》を見つめ続ける男ではなく、自分の夢を追い続ける男と重ねたことで、作品に《夢》と《生》を与えた。素晴らしい改作だと思う。 ただ今回の作品は完全に大人向け。作品内に登場する『計算尺』なんてものが説明もなしに分かるのは、私のような50代以上の人間。今までのジブリのファンが、今まで通りを期待して見に来たら、たぶん全然違う。夢を見続けて実現する男と、その男を愛した薄幸の少女の優しい愛の物語。大人向けです。 (余談ではあるが、主人公の声をあの『新世紀エヴァンゲリオン』の監督、庵野秀明氏がやっているのが話題になっているが、だんだん慣れてはくるものの、どんな顔してこんなシーンのアフレコやってたのかと、ついついあのヒゲ面が思い出されてしまい物語の世界から度々引き戻されてしまったというのが率直な感想である) |
石津修之さん(男性/57歳/会社員) 「アンコール!!」 7月19日 TOHOシネマズシャンテにて |
テレンス・スタンプが「コレクター」(65)に出演してから50年近くが経過する。ウィリアム・ワイラーの監督作品だが、リアルタイムでは見ていない。テレビ放送で「コレクター」を見て、その物語の面白さ、圧倒的なサスペンス、斬新なテーマで驚いた。それから、テレンス・スタンプは特別な人になった。だから、その後のスタンプの出演作品に出会っても、あの「コレクター」のイメージからなかなか逃れられないでいた。 そして、今回「アンコール!!」に出会う。実に人生の哀歓を滲み出させ、ストーリーの素晴らしさのみならず、テレンス・スタンプの魅力に参った。ヴァネッサ・レッドグレイヴの病気の妻を思いやりつつ、素直に愛情を表現できない頑固な男の像がリアルに表現される。 人生に老いはつきものだ。老いることは肉体のみならず精神のしなやかさも失うことになるのだろうか。怒りっぽくなるし、ささくれ立った気持ちの整理もできにくく、素直に自身の非を認めたくない。考えはともすると硬直しがちで、意地を張っている自分にも愛想がつくこともある。本当は家族と分かり合いたいけれど、そのすべを見つけられない。テレンス・スタンプは、そんな老人の日常をゆったりと演じる。激しい感情ややさしい気持ち、怒りの表情や困惑の気分など微妙な心の綾を演じ切る。 物語では、息子との断絶に心を痛めながら、若かりし頃の昔昔の写真を見ながら思い出にふける。写真の幼きわが子と自分を見ながらゆっくりわだかまりを溶かしていく。この写真は若き頃のスタンプの写真を使ったのだろうか。それは、「コレクター」に出演していた頃のものだろうか、と別な興味がわく。今回のスタンプは演技のみならず、衣装や着こなしにも目を引かれる。首に巻く赤いマフラー、使い古しの茶色のコート、洗濯したてのコットンのTシャツ、緩くしめたネクタイ、自然なサスペンダーなど。 老いることは別れに直面することでもある。妻との別れに際して慟哭するシーンは、ドア越しにうめき声を聞かせて、主人公の表情を見せない演出に品位を感じさせた。老いることは、いっそうの悲しみや絶望との付き合いの深まりもあるが、しかしそれを乗り越える希望やほのかな歓びにもまた出会えることを教えてくれる。若い時のようにエネルギッシュにはいかなくとも、静かに人を感動させることもできる。スタンプのささやくような、語りかけるような歌声を聴きながらそう思った。 |
吉田創貴さん(男性/25歳/会社員) 「きっと、うまくいく」 7月6日 ヒューマントラストシネマ渋谷 |
今回レポートする映画は、大学時代の後輩が『劇場で3回も観ました!』と教えてくれた「きっと、うまくいく」調べてみるとこの映画、上映時間がなんと170分。これを後輩が3回も観てしまうということは、かなり面白い作品だったか、そうなければ彼はよっぽど暇だったのかな、と思いながら劇場に足を運びました。170分後、そこには『次のレポートはこの映画に決まりだ!』と決心した私がいました。こんなに清々しく、ストレートな感動を与えてくれた青春映画は久しぶりです。映画だけでなく小説を読むことも好きなのですが、この映画を観終わった時の気分は、伊坂幸太郎の『砂漠』を読み終わったときの気分とよく似ています。どちらの作品も“大学時代、こんな仲間と一緒にいたかった!”と思わせるのです。誤解のないように言っておきますが、決して自分が大学時代は仲間に恵まれなかったと言っているわけではありません。このレポートを読んでくれている大学時代の仲間の皆様、ご心配なく。 映画の舞台は、エリート軍団が集うインドの工科大学。そこで出会った“三バカトリオ”が巻き起こす騒動を描いた学園コメディパートと行方不明になってしまったトリオの内の一人、ランチョーを探す10年後を描いたミステリー(?)パートの2つが映画内で同時進行していきます。2パートを通じて、笑って、そして泣けます。笑いと涙で映画を包み込みながら、その一方で、現代インドで過熱する学歴競争や学生自殺といった社会問題も映画内で厳しく描かれていきます。社会的地位やお金のために過激な競争をすることを拒むランチョー、彼は映画内で多くの壁にぶつかります。そんな時、彼がつぶやく言葉が‘All izz well’(きっと、うまくいく)なのです。笑いと涙を交えつつ、壁を乗り越える中で“何のために学ぶのか?”“人生の素晴らしさは,何で決まるのか?”というテーマ性も丁寧に描かれる、まさに『鬼に金棒』の映画なのです。 最後に、この映画を勧めてくれた後輩ですが、舞台となったインドへの旅行を決めたそうです。目的地は、映画クライマックスのロケ地。映画ファンが巡礼する大人気スポットらしいですが、標高4000m以上らしく、高山病との闘いが待ちうけているとか。辛くなったとき、きっと彼は魔法の言葉を使うでしょう。‘All izz well’ってね。 |