レビュー一覧
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板谷政弘さん(男性/50代) 「閉鎖病棟 ―それぞれの朝―」 11月3日(祝・日) 109シネマズ港北にて |
地方の精神科病院を舞台に、それぞれに事情を抱えた3人の絶望と希望を、リアルな患者目線で描くことによって、患者の気持ちを疑似体験でき、自分自身に置き換えて観られる印象深い作品です。 妻と母親を殺めてしまい死刑となったが、刑の執行失敗で死ねずに病院をたらい回しにされ、人生に価値を見出せない秀丸。過去の回想シーンからそこまでに至る経緯がわかると、ある意味納得感が持てて話が深くなってきます。 精神的疾患を抱え幻聴を聞くと暴れだし、妹夫婦との確執がある元サラリーマンのチュウについては、綾野剛さんの迫真の演技に一気に引き込まれてゆき、患者と周りの家族とに確執が生じてしまうことにリアル感が増します。 父親からのDVで不登校となり、家庭内に居場所が無い女子高生の由紀については、現代社会でよく報道されているDVで、複雑な家庭事情から逃げるようになる彼女の理由もよく理解できてしまう、こういった身内や社会に対する何かやりきれない気持ちが沸いてきます。 それぞれの事情が一通りわかり、患者がお互い信頼し合えるようになった頃、秀丸が病院内で引き起こしてしまう殺人事件では、そこに至るまでのショッキングな出来事があるだけに、このシーンがよりリアルで最も迫力があり、思わず秀丸をかばってしまう自分がいました。 その後のラストシーンでは、いろいろな事情を乗り越え、最後には3人それぞれが少しずつ希望を見出していくようになることで、すがすがしささえ覚えます。 この作品は、山本周五郎賞を受賞したベストセラー小説を映画化した一本筋の通ったものです。人の数だけいろんな事情があり、それぞれの人生があるということ、絶望からどう立ち上がったのか、自分が絶望した時はどうだったか、どうやって前に進んで行けたのかとか、観終わった後でいろいろなことを改めて考えさせられる深い作品となっていますので、皆さんにも見て頂きたいです。そして、エンディングに流れてくるKさんの曲も心温まるすばらしい曲ですのでお聞き逃しなく。 |
濱口ゆり子さん(女性/20代) 「少女は夜明けに夢をみる」 11月2日(土) 岩波ホールにて |
強盗や殺人、薬物使用、売春といった犯罪で逮捕され、イラン・テヘランにある更生施設で生活する少女たちに焦点を当てたドキュメンタリーです。監督は、イランを代表するドキュメンタリー作家のメヘルダード・オスコウイ。7年もの歳月をかけて本作の撮影許可を得た末に、施設への出入りを許されたのはたった3ヶ月だったといいます。それでいてカメラに対する少女たちの語りはとても率直で、限られた時間の中で少女たちとの信頼関係を築いてみせた監督の力量に驚かされました。 皆家族による暴力や性的虐待を受けた経験がある少女たちの間には、共通の痛みで結ばれた助け合いの精神と連帯感が存在しています。更生施設に収容されている方がまだ穏やかに暮らせるという皮肉。外壁に守られた施設の中で雪遊びやゲームに興じる少女たちの無邪気な姿を見ていると、ある者にとっては当たり前に存在し、いちいち感謝することもない楽しい青春の時間を不条理に奪われた彼女たちの過酷な境遇が、いっそう重く心にのしかかってくるように感じました。 出所することは必ずしも喜ばしいことではありません。「施設から出ることを、ある種の拘留の始まりのように表現しようとしました」と監督が語るように、外の世界に戻ることは少女たちにとって過酷な環境に再び放り込まれることを意味するのです。「名なし」と名乗る少女が、施設を出ていく日の夜明けに「もう路上で暮らしたくない」と泣きじゃくる場面があります。「社会には勝てない」と絶望の淵に立たされながら仲間と別れ施設を去るしかない彼女の姿は痛切です。 社会が変わるには時間がかかるでしょう。それまでに、映画に登場した少女たちは更に辛い経験をすることになるかもしれません。しかし、この映画によってこれまでその存在すら認識されてこなかった少女たちの姿を世界に提示したことには一定の意義があると思います。声なき者たちの声を拾う―これぞドキュメンタリーの持つ力だと思わされる作品でした。 |