濱口ゆり子さん(女性/20代) 「轢き逃げ 最高の最悪な日」 5月11日(土) 新宿バルト9にて |
目前に控えた結婚式の打合せに向かう秀一と親友の輝。遅刻を気にして抜け道を走ろうとしていたところ、道に立っていた女性をはねて死なせてしまう。誰も見ていない、とその場を去る二人。愛する娘を突然失った両親、事件を追う刑事たち、秀一と輝、彼らを取り巻く人々―サスペンスの要素も織り込みながら、事件によって図らずも引き合わされてしまった者たちの人間模様を肌触りのある映像で描いた、水谷豊監督の二作目です。 徐々に事件の真相が明らかになる展開にはある種のエンターテインメント性もありますが、この映画は、復讐や懲罰によってカタルシスが得られるような作品ではありません。誰にでも起きる可能性のある日常的な出来事を軸に描かれる、人間が犯しうる過ちの大きさや取り憑かれうる狂気のさま、単純な善悪の二項対立では捉え切れない人間の行動を通して、究極的には、人間とは何かという問いを突きつける映画だと思います。 登場人物の中で特に印象的だったのが、秀一の妻・早苗です。加害側と被害側の間に挟まれた複雑な立場にありながら、何故彼女はそれほどにまで事件に寄り添おうとするのか。早苗は、許されることで、あるいは激しく責められることを自分なりの贖罪の行為として受け止めることにより、もはや自分の人生の一部である秀一と共に苦しみから解放されたいと心のどこかで願っていたのかもしれません。しかし、亡くなった望の母・千鶴子の『あなたは何も悪くない』『誰かを責めて楽になるならいくらでも責める』という言葉に涙を流す彼女は、秀一と共に、現実から目を逸らさずに生きてゆく決意をしたように見えます。 愛する人を理不尽に奪われた悲劇や自分の犯した過ち、そして意図せずそれらに巻き込まれてしまったことを、なかったことにも、乗り越えることも出来ず、背負ってゆくしかない苦しさ。それでも人間として生きてゆくことへの微かな希望がこの映画には込められているように感じました。 |
中村千春さん(女性) 「ドント・ウォーリー」 5月10日(金) ヒューマントラストシネマ渋谷にて |
59歳で他界した、オレゴン州ポートランド出身の風刺漫画家のジョン・キャラハンの自伝を映画化。「グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち」(97)の監督・ガス・ヴァン・サントの作品で、『自分を知り、人を許し、自分を許す』というテーマは似ていて、優しい気持ちになれる作品でした。 アルコール漬けの日々を送っていたキャラハンは自動車事故に遭い一命をとりとめたが、胸から下が麻痺し、車椅子生活を余儀なくされます。周囲と上手く行かずぶつかりますが、禁酒会で人生の師と出会ったことで、自分を憐れむことをやめ、前向きに生きていきます。そして、持ち前のユーモアな思想で風刺漫画を書き始める内容です。 アルコール中毒の人ほど観てほしい…そう思えました。アルコール依存と、それを克服する姿も描かれていて、一人では克服することが難しいということがわかります。お酒を浴びるように飲み、気づいたとき時すでに遅し。事故後、病室で寝たきりの彼の目をみると、『どうして運転していない男は助かり、自分がこんな辛い思いをしないといけないのだろう』と怒り、もどかしさ、後悔が伝わってきます。四肢麻痺でヘルパーに頼りながらの生活で、冷蔵庫の上のウォッカが届かない、ワインボトルのコルクを開けられず、必死で酒を欲する描写はなんとも言えなくなりました。仲間やヘルパーとの交流や救済で、人生をやり直そうとする前向きな彼の姿には胸を打たれます。 『人生最悪なことがあっても、人は変わることができる力がある』ということを、新たな人生を築こうとするキャラハンの姿を見て感じました。キャラハンの周りの重度の病やトラウマを抱える仲間は、自分の弱みを気にせず晴れ晴れした表情をしていて、私自身悩んでいることがちっぽけに思えました。そして、『弱い人間ほど強くなれる』というセリフも印象に残ります。 彼が乗っている電動椅子。猛スピードで歩道を移動しているシーンに、クスっと笑いそうになるんですが、これがまた彼のキャラクターが表れていると思います。 |