レビュー一覧
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榎本泰之さん(男性・20歳/大学生) 「17歳の肖像」 5月5日、TOHOシネマズシャンテにて |
この映画の中心にあるテーマは、明確だ。このままオックスフォード大学に進学し退屈な人生を送るか、大雨の日に知り合った年上の男性デイビッドと共に詐欺まがいで優雅な人生を送るか。平凡か?非凡か? その選択は、今の時代でも通じる普遍的な問題である。きっと人は、それぞれ異なる答えを出すだろう。 彼からの求婚によって、高校生活と大人の世界、二つの生活を行き来していた主人公ジェニーはどちらを選ばなくてはいけなくなる。だが、注目すべきはその選択を越えたところにある。ジェニーはデイビッドとの結婚を選ぶが、結局は騙されていたことに気づく。自分と同じような卑屈な人生を送らせまいと、一人娘をオックスフォード大学に進学させることだけを考えてきた父。その父に対し、常に反発してきた娘。結局はこの貧しい一家は、男が持ち込んだ華やかさで盲目になり、振り回されてしまう。ジェニーが学校を退学してしまった今、一家はどうすればいいのか。これは、知らぬ間に崩壊しつつあった家族が、娘の危機的状況の中で再生する物語でもある。 その再生は家族の本当の目的をも思い出すきっかけになる。下流階級の一家が、中流階級あるいは上流階級に這い上がること。その道は決して楽な道ではないのだ。ジェニーは学校への復学を拒否されたが、彼女の事を常に気遣ってくれていた女性教師スタッブス先生に直接勉強を習うことを許される。在学中は彼女の平凡さを批難さえしていたジェニーだが、先生の部屋に心を惹かれたのだろう。華やかさのない地味な部屋だが、小さな絵が飾ってあったり、小物も飾ってある。そこに自分の将来を見出だすのだ。プロの演奏会に行かなくてもいい、本物の絵を持っていなくてもいい、パリに憧れているだけでいい。大事なのは、夢を叶えることではない。この貧富の差が激しい世界で安定して生きていくこと。そして、夢を叶えようと努力することなのだ。 ジェニーが大学で知り合った平凡な彼に対し、“心からの演技で”パリに行ってみたいと言うラストがおもしろい。というのも、ジェニーは大学での生活にも満足していないからだ。校長にぶつけた“教育に何の意義があるのか”という質問にはまだ答えが出ていない。 ジェニーは、とりあえずオックスフォード大学に入学を果たしたが、未だに納得していない。地味に勉強ばかりする他の生徒と違って、既に別の世界をも体験してしまったジェニーは、これからどんな人生を送るのだろうか。 |
藤井さん (女性/建築士) 「ねこタクシー」 6月14日 109シネマズ川崎にて |
この映画、すごく癒されるし、人間不信になっていた人は、きっと ”人っていいな”って思えるのではないかと思いました。とにかく、出てくるネコちゃんが、可愛いの。超かわいいのっ!! 観ながら、”ウニャンっ☆”って言ってしまうような状態です。御子神さんっていう三毛猫の動きや仕草が、とってもゆったりしていて、15歳の老猫(劇中設定です)なんだけど、本当に穏やかな顔をしているんですよね~。この子を見ているだけでも、1800円払ってもイイっていう気持ちになります。そして御子神さんの相棒のコムギちゃんっていう、ヒマラヤンっぽい子猫が出てきて、こちらも超愛らしいの。それ以外にも、たくさんの猫ちゃんが出演していて、猫好きはマタタビを与えられたような状態になっちゃいますよ。 タクシーという人を運ぶ商売に猫を利用するということに対して、法律が引っかかってきます。保健所や交通省などの認可が必要とか、今の法律の融通の利かなさが、とても良く描かれています。でも、動物を商売の道具としか考えてない人間も居る世の中では、こういう法律も大切なのかもって気づく材料にもなりました。誰もが、動物を家族と考えている訳ではないですもんね。 主役の竹山さん、お笑いとは思えないほど、表情が豊かだし、ネコちゃんが好きなんだな~っていうのが身体全体から溢れていて、イケメンではないけど、とっても好感が持てました。一緒にいる人を和ませてくれるような、そんな感じで、人間の御子神さんっぽかったです。 映画版では、御子神さんとの出会いから、タクシーに乗せて走れるようになるまでの、色々な苦労を描いていましたが、TV版では、タクシーに乗ってくるお客さんとのエピソード中心のお話だったと思います。ビデオ屋さんでTV版を借りてこなきゃなぁって思っています。 この梅雨時期、「ねこタクシー」を観て、まどろんでください。この映画を観ると、こんなジメジメした時期も、気持ちがやさしくなれるかも知れませんよ。 私は、とってもお勧め映画です。特に、ねこ派の方は、必ず観に行って欲しい!! |
室岡陽子さん (58歳/アルバイト) 「アイガー北壁」 5月26日 ヒューマントラストシネマにて |
アイガー北壁、標高3,975m。壁の落差1,800m。夏でも凍死する可能性のあるアルプス最大の難所。牙をむく自然の猛威に敢然と立ち向う、勇敢なドイツの登山家、トニー・クルツの物語。持てる力のすべて、体力、気力、知力の限りを尽くして、生還への戦いを挑む姿は感動的だ。 映画は、スポーツ以上のスポーツである登山の素晴らしさと人間の生きようとする意思のはかり知れない強靭さをまるでドキュメンタリーさながらに臨場感溢れる映像で力強く描いていく。そして、不気味にそびえ立つ巨大な垂直の絶壁、山麓のホテルからこの世紀のドラマをひとめ見物しようと各国から集ったマスコミと観光客たち、さらに登頂を国威昂揚の証として若者を鼓舞し、プロパガンダに利用しようとして巧妙なナチスの思惑などもからませて、この山を様々な角度から多面的に見せてくれる。 吹きさらしの万年雪に蔽われた岩肌にハーケンを打ち込み、微かな窪みに体を預けて、蟻のようにじりじりと登っていく。ザイルに繋いだ体を自ら振り子のように揺らして横移動する驚異の振り子トラバース。まるで自分も一緒に登っているかのようなリアルさ。ダウンも寝袋もない、30年代当時の装備の素朴さも興味深い。 傷ついたライバル隊を見捨てずに初登頂の名誉を捨てて、下山を決意する極めて人間的な選択。しかし結果として、その『人としての正しい判断』がもたらす悲運。逃げ場のない岸壁で、激しい風雨と寒さ、雪崩と落石が次々と彼らを襲う。仲間を失い一人残ったトニー・クルツは生還をめざして超人的な精神力と体力を見せ、尚も酷寒の二昼夜を生き延びる。救助隊と声の届く距離まで下山しながらも、そこが彼の生きる限界だった。凍傷で顔はどす黒く痛んで、まるで大きなミノ虫のように中空にぶら下がった姿は、本当にショッキングだ。 しかし何故だろう、その悲しみより強く、ここには完全燃焼して散っていった人間のささやかな満足と安らぎがあるように、私には思われた。死力を尽くした戦いの後の清々しさが、壮絶な死の姿を浄化する。 果たしてこれほど現在の我々は、生きるために全力を尽くして闘っているだろうか。これほどまでに一人の人間の持つ生きる力は強いのに。そして、アイガーのように厳しく強固な、そびえ立つ巨大な山は、私たちにあるだろうか、命を賭けるに値する山が・・・・・。 |